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はちみつを贈るということ——世界が人生の節目に、蜜を選んできた理由
「はちみつ ギフト 意味」と検索すると、たいてい同じ答えが返ってきます。健康を気遣う気持ちが伝わる、老若男女に喜ばれる、日持ちがする。どれも本当のことです。けれど、それは話の半分でしかありません。人類は数千年にわたって、新年に、婚礼に、旅立ちに、蜂蜜を贈り続けてきました。なぜ、よりによって蜂蜜だったのか。史料をたどっていくと、日本人にとっての蜂蜜が、そもそも「贈り物」として海を渡ってきたものだったことが見えてきます。
この記事でわかること
- 日本人が最初に出会った蜂蜜は、買うものでも採るものでもなく海の向こうから贈られてきた献上品だった(『日本書紀』643年)
- ユダヤの新年、インドとアルメニアの婚礼、古代エジプトの婚姻契約——世界は人生の節目に蜂蜜を供してきた
- よく語られる「ハネムーンの語源=新婚一ヶ月の蜂蜜酒」は、実は俗説。本来の意味は正反対だった
日本の蜂蜜の歴史は、「失敗」から始まった
日本の文献に「蜜蜂」という言葉が初めて登場するのは、『日本書紀』の皇極天皇二年——西暦643年の記事です。そこに書かれているのは、成功の記録ではありませんでした。
百済(くだら)から人質として倭国に来ていた王子・余豊璋(よほうしょう)が、三輪山に蜜蜂の巣四枚を放って飼うことを試みた。しかし「終に蕃息(はんそく)らず」——ついに増えなかった。日本の養蜂は、この一行の失敗記録から始まっています。
つまり当時の日本には、蜂蜜をつくる技術がありませんでした。ではどうしていたか。朝鮮半島の国々から、献上品として贈られてきていたのです。奈良時代にかけて、高句麗(こうくり)・百済・新羅(しらぎ)から蜂蜜が贈られた記録が残っています。日本人が最初に出会った蜂蜜は、買うものでも採るものでもなく、国と国とのあいだで交わされる贈り物でした。

西暦643年、三輪山。日本の文献に「蜜蜂」が初めて登場する場面は、養蜂の失敗を伝える一行だった。
平安時代、蜂蜜は「国から朝廷へ納める品」だった
時代が下って平安時代、延長五年(927年)に完成した『延喜式』——律令国家の細則を定めた書物——には、諸国から朝廷へ納める品目のリストが載っています。そこに蜜の記載があります。
甲斐国から一升、相模国から一升、信濃国から一升、能登国から一升五合、越後国から一升五合、備中国から一升、備後国から二升。別のくだりでは、摂津国と伊勢国から「蜂房」——蜂の巣そのものが納められています。
いずれもごくわずかな量です。一国あたり一升、現代の感覚でいえば1.8リットルほど。これが一年分の貢納量でした。蜂蜜は、国が総力を挙げてやっと集められる量しか採れない、それほど貴重なものだったのです。奈良時代には、寺院に薬として納められた記録も残っています(天平宝字四年・760年、五大寺にそれぞれ雑薬二櫃(ぞうやくにひつ)と蜜一缶が施入された記録があります)。
日本における蜂蜜は、こうして最初の数百年を「贈られ、納められる品」として過ごしました。贈り物としての蜂蜜には、少なくともこの国では、千三百年以上の前例があることになります。
よく言われる「ハネムーンの語源」は、実は誤りです
蜂蜜と贈り物の話になると、ほぼ必ず出てくる逸話があります。
「ハネムーン(honeymoon)の語源は、古代ヨーロッパで新婚夫婦が一ヶ月のあいだ蜂蜜酒(ミード)を飲む習わしがあったから」
ギフトの記事でも結婚式のスピーチでも、繰り返し語られる説です。ところが、語源学の世界では、これは根拠の薄い俗説(民間語源)として扱われています。
オックスフォード英語辞典によれば、honeymoon という語の最も古い用例は1546年、劇作家ジョン・ヘイウッドの著作にさかのぼります。そして1552年、リチャード・ヒューロットという人物が英羅辞典のなかで、この語について最初の詳しい説明を書き残しました。その趣旨は、こうです。
「いまは蜜(honey)のようだが、月(moon)のように移り変わっていくものである」
1656年にはトーマス・ブラントが辞書のなかでこれを要約しています。つまり honeymoon は本来、「新婚の甘さは、満ちた月が欠けていくように薄れていく」という、やや冷ややかな警句だったのです。甘い蜜に満ちた幸福な一ヶ月、というロマンチックな含意は、後から生まれた解釈でした。
ミード説が疑われる最大の理由は、時系列の食い違いです。語の初出が1546年であるのに対し、その習わしがあったとされるのは何世紀も前。言葉が生まれるより数百年早く、その言葉の由来だけが存在していたことになってしまう——多くの語源学者がこの説を採らないのは、そのためです。
身も蓋もない話に聞こえるかもしれません。けれど私たちは、この本来の意味のほうがむしろ、贈り物というものの本質を突いていると感じています。甘さは、放っておけば欠けていく。だからこそ人は、節目ごとに贈り物を交わし、そのたびに関係を確かめ直してきたのではないでしょうか。

「いまは蜜のようだが、月のように移り変わっていく」——1552年に記された、honeymoon という語の最初の説明。
世界は、人生の節目に蜂蜜を置いてきた
語源の話は俗説でしたが、「節目に蜂蜜を用いる」文化そのものは、世界各地に実在します。しかも、驚くほど広い範囲に分布しています。

左から、ユダヤの新年のりんごと蜜/インドの婚礼の乳と蜜/アルメニアの婚礼のパンと一匙/古代エジプトの蜜壺。
| ユダヤ教 ロシュ・ハシャナ |
新年に、りんごを蜂蜜に浸して食べる習慣。「甘い一年でありますように」という願いを込めます。りんごの丸い形は時のめぐりを表すとされ、この習わしは15世紀のドイツにさかのぼると言われます。旧約聖書が約束の地を「乳と蜜の流れる地」と呼ぶことにも通じています |
|---|---|
| インド マドゥパルカ |
マドゥパルカ(madhuparka)とは「蜜を混ぜたもの」の意。婚礼における最上級の歓待の作法とされます。グジャラート地方の婚礼では、花嫁の父が花婿に蜜と乳(または蜜とヨーグルト)を供する儀礼が今も行われています |
| アルメニア 婚礼の一匙 |
教会での式のあと、姑が新郎新婦の肩にラヴァシュ(薄焼きパン)をかけ、蜂蜜を一匙ずつ供します。パンは豊穣を、蜂蜜はこれから共に味わう人生の甘さを象徴するとされます |
| 古代エジプト 婚姻契約 |
婚姻契約の条項として、花婿が花嫁に「毎年十二壺の蜂蜜を納める」と約束した記録が残されています。愛情の表明が、蜂蜜という具体的な品目で契約書に書き込まれていたことになります |
ユダヤ、インド、アルメニア、エジプト。宗教も言語も気候も異なる人々が、それぞれ独立に、人生の節目に蜂蜜を選んできました。共通しているのは「これから始まる時間が甘くありますように」という願いの形です。新年、婚礼、旅立ち——どれも「これから」を祝う場面ばかりで、過去を振り返る場面ではありません。
では、なぜ日本では縁起物として定着しなかったのか
ここで、ひとつの疑問が残ります。日本にもこれだけ古い蜂蜜の歴史があるのに、鶴亀や紅白餅のような「縁起物」としての型は、蜂蜜には生まれませんでした。なぜでしょうか。
理由のひとつは、日本において蜂蜜が長らく「薬」の側に置かれていたことだと考えられます。寺院に雑薬とともに納められ、貴族の手にわたる稀少品であった蜂蜜は、庶民が慶事に用いる品にはなりませんでした。日本の祝いの甘味は、餅、落雁(らくがん)、のちに砂糖菓子が担うことになります。
もうひとつは、単純に量の問題です。一国あたり年に一升。そもそも、しきたりが生まれるほどの量が存在しなかったのです。
ただ、これは裏を返せば——日本におけるはちみつの贈り物には、決まった型がないということでもあります。「これを贈るときはこう」という作法が固まっていないぶん、贈る側が意味を自由に込められます。世界の慣習にならって「甘い一年を」と新年に贈ってもいいし、婚礼や新居のお祝いに「これから始まる時間が甘くありますように」と添えてもいい。型がないことは、この場合むしろ自由さです。
一言、添えるとしたら
贈り物は、渡した瞬間に会話が生まれます。同じ品でも、一言あるかないかで記憶への残り方が変わります。この記事の内容から、そのまま使える言葉をいくつか。
- 新年・年始のご挨拶に——「甘い一年になりますように、という意味を込める文化が世界にあるそうです」
- 結婚祝い・引き出物に——「インドやアルメニアでは、婚礼に蜂蜜を供する習わしがあるそうです」
- 新築・開業のお祝いに——「これから始まる時間が甘くありますように」
- 快気祝い・お見舞い返しに——「日本では昔、寺院に薬とともに納められるほど貴重な品だったそうです」
- 目上の方・改まった席に——「千三百年前は、国から朝廷へ年に一升だけ納められた品だったそうです」
いずれも「そうです」と伝聞の形にしているのは、押し付けにならないためです。蘊蓄は、軽く置いていくくらいがちょうどよいものだと思います。
贈る前に、知っておいていただきたいこと
最後に、実務的なことを三つ。
- 1歳未満の乳児には与えないでください。乳児ボツリヌス症予防のため、これは全てのはちみつに共通する大切な約束事です。小さなお子さんのいるご家庭へ贈る際は、この一言を添えていただけると確実です
- 白く固まっても劣化ではありません。結晶化という自然な現象で、品質も風味もそのままです。40度ほどのぬるま湯にゆっくり浸ければ戻ります(熱湯は避けてください)
- 保存は直射日光を避けた常温で。冷蔵庫はかえって結晶化を早めます。開封後も、清潔で乾いたスプーンで扱う限り、長くお使いいただけます
森羅万象 天山蜂蜜は、天山山脈の標高2,800mで、年に二週間だけ咲く薬草花・党参(タンスン)から採れる非加熱・完熟の生はちみつです。桐箱入りのギフト包装と熨斗(のし)に対応しています。詳しくは「ギフトのご案内」を、蜜そのものについては「高級はちみつとは」をご覧ください。

千三百年前、この国の人々は蜂蜜を自分でつくることができず、海の向こうから贈られるのを待っていました。いま、天山の草原から届いた蜜を誰かに贈るとき、その手つきは案外、当時とそう変わらないのかもしれません。
出典・参考: 『日本書紀』皇極天皇二年条/『延喜式』(延長五年・927年成立)諸国貢納品の記載/一般社団法人日本養蜂協会「養蜂の歴史」/Oxford English Dictionary “honeymoon, n.”/Richard Huloet “Abecedarium Anglico Latinum”(1552)/Thomas Blount “Glossographia”(1656)