世界の高級はちみつ事情——王侯貴族が選んだのは「蜜」ではなく「産地」だった

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世界の高級はちみつ事情——王侯貴族が選んだのは「蜜」ではなく「産地」だった

「高級蜂蜜 海外」と検索すると、日本語のページはたいていマヌカハニーの話で埋まります。けれど視線を日本の外へ向けると、景色はまったく違います。ギネス世界記録に認定された1kg10,000ユーロの蜜、湾岸諸国の富裕層が贈答品として争う砂漠の蜜、国際品評会で金賞を重ねる天山山脈の白い蜜——世界で最高値がつくはちみつの顔ぶれに、マヌカは入っていません。共通しているのは標高の高い山で、薬草の花から、ごく短い季節にだけ採れるという一点です。そしてこの「産地で蜜を選ぶ」という発想は、二千年前のローマの食卓から続いていました。

一言でいうと

世界で最も高価なはちみつは、マヌカではなく、トルコ・イエメンから中央アジアの天山山脈へと連なる高地の「山の蜜」です。買い手は湾岸諸国・ロシア・ヨーロッパの富裕層で、共通点は標高・薬草の花・短い花期・少ない収量。古代ローマ以来、王侯貴族が選んできたのは「蜂蜜そのもの」ではなく「どこの蜜か」でした。

この記事でわかること

  • 「昔のヨーロッパで蜂蜜は贅沢品だった」は半分だけ正しい——中世の蜂蜜は砂糖より安く、貴族が高く買ったのは「特定の産地の蜜」だった
  • 現代の世界最高値の蜜(ギネス記録のトルコの洞窟蜜、イエメンのシドル、キルギスの天山の白い蜜など)はマヌカではなく、すべて「山の蜜」
  • それらの蜜を結ぶ地理の回廊と、その東の端に天山があること。海外の高級はちみつを選ぶときの見方

「昔のヨーロッパで蜂蜜は贅沢品だった」は、半分しか正しくありません

はちみつの歴史を語る記事には、「砂糖が普及する前、蜂蜜は王侯貴族だけの贅沢品だった」という一文がよく出てきます。半分は正しく、半分は違います。

中世ヨーロッパの主な甘味料が蜂蜜だったのは事実です。けれどそれは、蜂蜜が貴重だったからではなく、どこでも採れて、砂糖よりずっと安かったからでした。ミツバチさえいれば村ごとに蜂蜜はできます。地中海の向こうから運ばれてくる砂糖こそが「富裕層の家にしかない贅沢品」で、十四世紀末のパリの家政書『パリの家政(メナジエ・ド・パリ)』の著者——裕福な市民です——でさえ、砂糖漬けの果物を作るのに費用の理由で蜂蜜を使っていたと伝えられています。

では、王侯貴族は蜂蜜に何を求めたのか。答えは「産地」です。

古代ローマの時代、南フランスの港町ナルボンヌで採れるローズマリーの蜜は、ローマの人々に「ナルボンヌの蜜」として珍重され、当初は執政官しか口にできなかったとも伝えられています。ローマの食卓がさらに好んだのはギリシャの蜜で、大プリニウスの『博物誌』はアテネ近郊ヒュメットス山のタイムの蜜を最上のひとつに挙げたとされています。中世に入っても、フランスの武勲詩に「ナルボンヌのほかに、これより良い蜜はどこにもない」という一節が残り、ナルボンヌの蜜は十二世紀から二十世紀まで、フランスでもっとも名の知られた蜜であり続けました。

古代ローマの食卓に置かれた素焼きの蜜壺と木の匙、ローズマリーの小枝——ナルボンヌの蜜は執政官の蜜と伝えられる

古代ローマの食卓に置かれた蜜壺。ローマ人が珍重した「ナルボンヌの蜜」は、ローズマリーの香りを帯びた南フランスの蜜だった。

つまり、二千年前からすでに、蜂蜜は「蜂蜜」として売られていたのではなく、「どこの、どの花の蜜か」で値段が決まっていたのです。高級はちみつの歴史は、産地を選ぶ歴史です。この視点で現代の世界を見ると、日本ではほとんど語られない地図が浮かび上がります。

いま世界で最も高価なはちみつは、マヌカではありません

日本で「海外の高級はちみつ」といえばニュージーランドのマヌカハニーで、それ自体は間違いではありません。マヌカは規格(UMF等)が整い、英語圏の市場で確固たる地位を築いた蜜です。けれど「世界で最も高い値がつく蜜」のリストを作ると、上位はまったく別の顔ぶれになります。

センタウリ・ハニー
トルコ
2021年2月、1kgあたり10,000ユーロでギネス世界記録「最も高価なはちみつ」に認定。人家からも他の蜂群からも遠く離れた標高2,500mの洞窟で採られ、年間の収量は10〜15kgと公表されています
エルヴィッシュ・ハニー
トルコ・アルトヴィン
黒海に近い山岳地帯の洞窟で2009年に見つかった野生の蜜。1kgあたり45,000ユーロの値がついたと報じられ、「エルフの蜜」の名で世界一高価な蜜として語られてきました
シドル・ハニー
イエメン・ハドラマウト
砂漠の渓谷に生えるシドル(ナツメの仲間)の木の蜜。花期は年に約20日。卸値で1kgあたり100〜300ドル、湾岸諸国の小売では400〜500ドルを超えることもあり、サウジアラビアやUAEでは本物のシドルの壺は格式ある贈答品とされています
アンゼル・ハニー
トルコ・リゼ
黒海側の高原、標高1,750〜3,150mの渓谷でのみ採れる蜜。200種を超える固有の花が蜜源とされ、2001年にトルコで地理的表示(産地保護)に登録。国際市場では1kgあたり300〜600ドルで取引されると伝えられます
天山の白い蜜
キルギス
天山山脈の高原(標高2,000m級)でエスパルセット(イガマメ)の花から採れる、白くクリーム状に固まる蜜。国際養蜂会議アピモンディアの品評会で金賞を受けたと報じられ、要人への贈答品や中東・欧米向けの輸出品として知られます
バシキールの野生蜜
ロシア・ウラル
ウラル山脈の森で、千五百年前から続く「木のうろの巣」から採る養蜂で得られる菩提樹の蜜。野生の蜂群が残る世界でも数少ない地域とされ、モスクワでは1kgあたり120〜200ユーロで売られています

マヌカも決して安い蜜ではありません。けれど、世界の最高値の顔ぶれに並ぶのは、トルコ、イエメン、キルギス、ロシア——日本ではほとんど紹介されない土地の蜜ばかりです。日本語の情報が少ないのは、これらの蜜の買い手が湾岸諸国・ロシア・ヨーロッパの富裕層であり、市場そのものが英語圏や日本を経由していないからです。

共通点は「標高」「薬草の花」「短い花期」。栄養の話ではありません

上の表を眺めると、産地も蜜源の花もばらばらなのに、驚くほど条件が似ていることに気づきます。

標高が高い センタウリの洞窟は2,500m、アンゼルの渓谷は1,750〜3,150m、キルギスの天山高原は2,000m級。平地の花畑ではなく、人が住みにくく、農薬も家畜もない高地が舞台です
蜜源が薬草や固有種の花 アンゼルは200種を超える固有種、シドルは砂漠のナツメ、バシキールは森の菩提樹。古くから薬草として名の知られた植物が蜜源になっている例が目立ちます
花期が短く、収量が少ない シドルの花期は約20日、センタウリの年間収量は10〜15kg。増産できないという事実が、そのまま価格になります
買い手が「産地」で選ぶ 湾岸の贈答文化では「どの谷のシドルか」が問われ、トルコでは産地保護の制度が値段を支えています。ローマ人が「ナルボンヌの」「ヒュメットスの」と呼んだのと同じ選び方が、いまも続いています

「高級はちみつは栄養が豊富だから高い」と説明されることがありますが、価格を決めているのはそこではありません。高い山と、そこにしか咲かない花と、短い花期という「地理」です。当サイトの「高級はちみつとは——「高いはちみつ」との違い」では、この条件を「待つ時間」という切り口で整理しています。世界の最高値の蜜は、その条件をすべて備えた土地から生まれています。

その回廊の東の端に、天山山脈があります

もう一度、産地を地図の上に並べてみます。黒海沿岸のトルコ北東部(エルヴィッシュ、アンゼル)。アナトリアの高地(センタウリ)。アラビア半島南端の高地(シドル)。ウラル山脈(バシキール)。そして中央アジアの天山山脈(キルギスの白い蜜)。西から東へ、乾いた大地に山脈が連なる一本の帯が見えてきます。古来シルクロードが通り、薬草の産地として知られてきた土地です。

天山山脈の位置図——キルギスと新疆ウイグル自治区にまたがり、森羅万象 天山蜂蜜の採蜜地はイーニンから山へ入った草原

天山山脈はキルギスと新疆ウイグル自治区にまたがる。森羅万象 天山蜂蜜の採蜜地(★)は、新疆側のイーニンから山へ入った標高2,800mの草原。

天山山脈は、キルギス側と中国・新疆ウイグル自治区側にまたがる全長2,000km超の大山脈です。キルギス側の高原で採れる白い蜜が国際品評会で評価されているのは先に述べたとおりですが、山脈の新疆側、イーニン(伊寧)からさらに山へ入った奥にも、同じ山の同じ気候のもとで蜜を集める草原があります。森羅万象 天山蜂蜜の蜜源、薬草花・党参(タンスン)が標高2,800mに咲く草原です。開花は年にわずか二週間。上の表の条件——高い標高、薬草の花、短い花期——を、そのまま満たしています。

この山の蜜が、外の世界でどう扱われてきたか。天山の蜂蜜は、古くよりアラブ・ロシア・ヨーロッパの王侯貴族に珍重されてきたと伝えられています。それは上の地図と重ねれば自然なことで、天山の蜜が運ばれていった先は、いまシドルやアンゼルを最高値で買っている、まさにその市場だからです。

現地では、道端で量り売りされる「日常の蜜」でもあります

いっぽうで、産地の側から見ると景色は反転します。薬学者・難波恒雄博士と池上正治氏の紀行『天山山脈薬草紀行』(平凡社、2001年)には、イーニンへ下る峠道・果子溝(かしこう)で出会った光景が記されています。道端に材木で棚を作り、大小のポリタンクに入れた琥珀色の液体を売る店が、一、二kmに一か所という頻度で並んでいる。運転手に聞けば「蜂蜜」だという。著者は「ハチミツが天山の特産であることは承知していたが」と前置きしつつ、ポリタンク入りとは予想できなかったと驚いています。

天山山脈の峠道、道端の木の棚に並ぶ琥珀色のはちみつの瓶と、遠くの雪山——果子溝の蜂蜜売りの情景

天山の峠道、道端の棚に並ぶ蜜(イメージ)。『天山山脈薬草紀行』は、果子溝で一、二kmごとに蜂蜜売りが並ぶ光景を記録している。

その蜜は「天山のミツバチが天山の花から採集し、貯蔵した蜜」で、調査隊の全員がウルムチへ戻るまで朝食のパンにつけて食べたと書かれています。王侯の食卓に運ばれる蜜と、峠の道端でポリタンクから量り売りされる蜜。どちらも同じ山の蜜です。当サイトの「天山蜂蜜について」に、遊牧民の毎朝の食卓に壺入りの蜂蜜が当たり前に並ぶと書いたのは、この二面性のことです。産地では日常、外の世界では最高級——世界の「山の蜜」に共通するもうひとつの特徴かもしれません。

海外の高級はちみつを選ぶときに、見るべきところ

ここまでの話を、実際に選ぶときの物差しに置き換えておきます。銘柄の知名度より、次の4点を商品ページで確かめるほうが確実です。

産地は「山」か 国名だけでなく、山脈名・標高が書いてあるか。世界の最高値の蜜は例外なく、具体的な山と標高を名乗っています
蜜源の花が明記されているか 「百花蜜」ではなく、どの花の単花蜜か。薬草や固有種の名が書けるのは、その花が咲く土地を押さえている証拠です
花期と収量が語られているか 「年に何週間」「年間何kg」を書けない蜜は、増産できる蜜です。短いほど、少ないほど、値段には理由があります
非加熱の裏付けがあるか 山の蜜でも、輸送や充填で加熱されれば平地の蜜と変わりません。ジアスターゼ活性値(DN値)のような数値の公表があるかを見ます

価格の目安も添えておきます。上で挙げた世界の蜜は、円に直すと1kgあたり数万円から、記録的なものでは数百万円です。森羅万象 天山蜂蜜は600gで16,200円(税込)、1kgに換算すると27,000円。天山山脈・標高2,800m・薬草花タンスンの単花蜜・年に2週間の花期・DN値43.5——上の4点をすべて書ける蜜として、「山の蜜」の価格帯のなかでは、むしろ手の届く側にあります

ローマの執政官がナルボンヌの蜜を選び、湾岸の人々がハドラマウトのシドルを選ぶ。二千年のあいだ、良い蜜を求める人がしてきたのは、銘柄を覚えることではなく、「どこの山の、どの花の蜜か」を問うことでした。日本でその問いを立てたとき、答えの候補に天山の蜜が並ぶ。この記事が、その入口になれば幸いです。

出典・参考: 中世ヨーロッパの蜂蜜と砂糖の位置づけは Medievalists.net「How Did Medieval People Get Their Sugar Fix?」(2020)ほか/ナルボンヌの蜜の由来はスローフード財団「味の箱舟」登録情報・Tasting Table の解説に拠り、執政官の逸話は伝承として記載/センタウリ・ハニーはギネス世界記録「Most expensive honey」(2021年2月16日認定)/エルヴィッシュ・ハニーの価格は2009年当時の報道に基づく伝聞/シドル・アンゼル・バシキールの価格帯は各産地の輸出業者・現地報道(Russia Beyond 2013 ほか)の公表値で、時期により変動します/キルギスの蜜の受賞は Eurasianet の報道による/『天山山脈薬草紀行』(難波恒雄・池上正治、平凡社、2001年)p.86〜89「ハチミツと花粉」。本記事は各地の蜜の由来と流通を紹介するもので、効能を述べるものではありません


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この記事を書いた人

森羅万象 天山蜂蜜 正規販売元(Local is Global合同会社)

採蜜地である天山山脈の草原を2016年夏に実際に訪れ、現地の養蜂と蜜源の花タンスンを自分たちの目で確かめてきました。仕入れから品質分析(日本食品分析センターへの検査依頼)、販売までを一貫して行う正規販売元です。

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天山山脈・標高2,800mの薬草花から、年に二週間だけ採れる非加熱の生はちみつ。公式オンラインショップ(STORES)にてお求めいただけます。数量限定のため、品切れの際はご容赦ください。

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